東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)223号 判決
事実及び理由
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがなく、引用例の記載内容及び本願考案と引用例の記載内容との間の一致点及び相違点が本件審決認定のとおりであることは、原告の自認するところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は、本願考案と引用例記載のものとの相違点について判断するに際し、本願考案と周知技術とでは別の目的を意図したものであるにもかかわらず、その点を看過し、かつ、本願考案の奏する特段の作用効果を看過した結果、本願考案は、引用例に記載された考案及び周知技術に基づいて極めて容易に考案をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであつて、この点において違法として取り消されるべきである旨主張するが、右主張は、以下に説示するとおり、理由がないものというべきである。
1 前示本願考案の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一(昭和五四年八月二三日付手続補正による全文訂正明細書)、同号証の二(昭和五五年七月一八日付手続補正書)、同号証の三(昭和五六年二月六日付手続補正書)及び同号証の四中の第一図及び第二図(昭和五四年八月二三日付手続補正によつて補正された願書添付の図面)を総合すれば、本願考案は、金属ガスケツトに関する考案であつて、従来、例えば、内燃機関のシリンダーヘツドガスケツトにおいては、金網あるいはフツク付金属板に石綿又はゴム混和物を被覆したガスケツト用シート又は石綿とゴム混和物シート等の柔軟機シートを所定の形状に打ち抜いた構造のものがほとんどであつて、しかもその構造が平面的であつたため、特に高負荷機関のシリンダーヘツドガスケツトにおいては、機関の作動中に高温となり、例えば、排気側と吸入側との温度差からシリンダー接合部に熱歪が生じてシール部の面圧に部分的差異が発生しても、これらの接合面の歪を吸収することができず、面圧の低下した部分から、ガスが吹き抜けたり、水や油等の洩れを生じたりしてシール効果を減退することがあり、また、例えば、シリンダーヘツドをシリンダーブロツクに螺着するボルトの位置がボアーに対し著しく不均衡な場合にも、接合部の面圧に部分的相違が生じ、シール効果に不具合を生じる等の欠陥があつたことから、これらのシール効果の減退に対しては、ボルトの螺着を強めることによつてガスケツト全体の面圧を高めてシール効果保持に努めたが、これは、右柔軟材シートに許容される押圧以上の面圧を与えることになるとともにヘツド等の歪を生じる結果となり、ガスケツトに部分的へたりを生ずる等シール効果を維持することが極めて困難であつたことから、本願考案は、右欠点を解消することを目的とし、前記本願考案の要旨(本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載と同じ。)のとおりの構成を採用したもので、右の構成を採ることにより、本願考案に係る金属ガスケツトは、シール部の熱歪を基板に設けた凹凸条によつて弾性的に吸収することができ、そのため、シール効果が安定的であり、また、締結時の機械的歪も吸収可能であるとともに、副板によつて基板の接触面を拡大して接合面を変形しないようにしたため、接合面の切削面粗度を損なうこともなく、更に、基板及び副板が金属であるため、熱伝導率がよいという効果を奏し得たものと認められる。一方、引用例に本件審決認定の事項が記載されていることは原告の自認するところであり、右記載に成立に争いのない甲第三号証(引用例)を総合すれば、引用例記載のものは、「主として内燃機関のシリンダーヘツドをシールするための組合せ積層ガスケツトであつて、少なくとも二層の外側軟質材層とこれらの中間に配置された弾性的に変形可能な少なくとも一層の薄板層とから構成されている形状のものにおいて、薄板層が、ガスケツトのシール孔のところでこれを環状に取り囲んでいる溝、彎曲部又は類似した形状の、薄板面から突出している変形部を有しており、カバーしている軟質材層は、薄板層が変形された後にこれと結合されていることを特徴とする、組合せ積層ガスケツト」(特許請求の範囲の項の記載)であつて、その考案の詳細な説明の項には、右ガスケツトにおける弾性変形可能な鋼等からなる薄板層(本願考案の硬性金属薄板(基板)に相当)と化学的に結合された石綿繊維製又は金属織物あるいは保持板によつて補強した化学的に結合された石綿繊維製の外側軟質材層(本願考案の金属製副板(副板)に相当)との関係に関して、「公知の構造の薄板層は僅かにしか塑性、かつ弾性変形に関与しない。……著しい応力が作用するシール部材の永続的なシール作用の効果はとりわけ弾性的な変形の可能性、すなわちシール部材の復元性にかかつているので、……本発明によれば次のことが提案される。すなわち、適当に予め変形を加えることによつて、薄板層がガスケツトの形態上の堅牢さを増加せしめるばかりでなく、殊にガスケツトの必要な変形分を引受けるように、組合せ積層ガスケツトの薄板層を形成し、かつ配置することである。これによりたとえばシリンダヘツドガスケツトの永続的なシール作用の効果の根本的な改良を達成することができる。それというのは適当に予め変形された薄剛板の弾性的な復元性が問題の軟質材とちがつて普通の作業温度に影響されないし、また変形の程度や薄板の厚さおよび場合によつては時効硬化度を選択することによつて、適当な軟質材を選ぶことにより可能であるよりも著しく大きなかつより所望の弾性変形能力が薄板に付与されることが可能であるからである。」(同号証第一頁第二欄第一六行ないし第三七行)旨の記載があることが認められ、右記載によると、引用例には、本件審決認定の事項に加えて前認定の構成において、薄板(基板)に、予め適当な変形(凹凸条の変形)を設けることによつて、所望の弾性変形能力を付与し、該変形(凹凸条の変形)が変形することにより接合面方向に弾性付勢すること、すなわち、該ガスケツトをシリンダブロツクとシリンダヘツド間に介装し、ボルトを強く螺着することにより、薄板層(基板)の凹凸条が適当に選ばれた軟質材(副板)に食い込んで滑動して所望の弾性変形を生じ、その復元力によつてシール部材の永続的なシール作用を行うこと、つまり、該ガスケツトは、その軟質材層(副板)と薄板層(基板)の凹凸条の変形部の弾性復元力によつてシール圧が保持されるという技術的事項が開示されているものと認められる。この点に関して、原告は、引用例記載のものにおいては、薄板層(基板)のビード(凹凸条)は、外側軟質材層(副板)にいたずらに深く食い込んでしまい、その弾性復元力は外側軟質材層(副板)に吸収されて損なわれ、薄板層(基板)の滑動も担保することができない旨主張するか、右主張は、前認定の引用例記載の技術的事項に照らし、採用することができない。
2 ところで、本願考案と引用例記載のものとは、本件審決認定のとおり、接合面と同一平面形状の硬性金属薄板からなる一枚の基板に対し、該基板と同一平面形状になる二枚の副板を該基板の両面に各々一枚ずつ並設し、かつ、該基板の周面に、該周面を囲繞する任意数本の凹凸条を設け、上記両副板間を面圧方向に弾性付勢してなるガスケツトである点において一致し、本願考案では、副板として金属製副板を用いているのに対して、引用例に記載のものでは、副板として軟質材製副板を用いている点で相違していることは、前示のとおり原告の認めるところである。そこで、副板として、引用例記載のように石綿繊維製の軟質材製副板を用いる代わりに、本願考案のように金属製副板を用いることに困難性があるか否かを検討するに、成立に争いのない甲第四号証によれば、同号証は、本願考案の実用新案登録出願前に国内において頒布された刊行物である実公昭三二―一〇一〇二号実用新案公報であつて、同公報には、断面U字形に曲折した軟鋼製薄金属板の中に波形に湾曲した金属製波形板を介在させたガスケツトが、また、成立に争いのない甲第五号証によれば、同号証は、本願考案の実用新案登録出願前に国内において頒布された刊行物である実公昭四三―二〇六五九号実用新案公報であつて、同公報には、断面が円弧状をなす鋼板製リングの両面に耐熱耐蝕性軟質金属薄板リングを圧着させたリング状ガスケツトが、更に、成立に争いのない甲第六号証によれば、同号証は、本願考案の実用新案登録出願前に国内において頒布された刊行物である実開昭四九―一〇九〇〇五号公開実用新案公報であつて、同公報には、硬質金属からなる芯金と軟質金属の複数層からなるガスケツトがそれぞれ記載されていることが認められ、かつ、右「金属製波形板」、「鋼板製リング」、「芯金」が、本願考案の金属製基板に、右「軟鋼製薄金属板」、「軟質金属薄板リング」、「軟質金属」が、本願考案の軟質の金属製薄板にそれぞれ相当することが認められるのであつて、以上の事実を総合すれば、金属製基板の表裏両面に、基板より軟質の金属製薄板を並設してガスケツトを構成することは、本件審決認定のとおり、本願考案の実用新案登録出願前に周知の技術であつたものと認められ、右周知の技術によれば、本願考案は、引用例に記載されたガスケツトの石綿繊維製の軟質材製副板を周知の技術における金属製薄板に代えただけのものであると認めざるを得ない。原告は、本件審決にいう周知例(前掲甲四号証ないし第六号証)の示す周知の技術の外層材(副板)は、内部材料(基板)の単なる保護を目的として設けられたものであり、本願考案のように、ビード(凹凸条)を適度に食い込ませて滑動させつつ弾性変形させる作用を意図して基板両面に副板を並設したものではない旨及び右周知例に記載されたものは、本願考案の構成とは似ているが、それぞれ別の目的を実現すべく意図したものであり、本願考案のような作用効果を奏するものではない旨主張するが、本件審決がいう周知の技術とは、前認定のとおりであつて、原告の主張は、本件審決が周知の技術と認定した事項以外の事項についてその差異を云為するものであつて、この点で失当であるばかりか、前掲甲第四号証ないし第六号証によれば、本件審決が周知技術を開示するものとして例示した実公昭三二―一〇一〇二号公報等の金属製薄板は、シリンダーブロツク又はシリンダーヘツドの接合面になじんで、この接合面をシールするパツキング材の機能を有するものであつて、原告が主張するように、単なる内部材料(基板)の保護を目的として設けられたものではないこと明らかであるから、原告の右主張も、失当である。更に、原告は、本願考案の作用効果が特段に優れている旨縷々主張するが、引用例に記載されたガスケツトの基板は、前認定のとおり、弾性変形を行つて、その復元性によつてシールとしての作用を営むものであり、周知技術として引用された実公昭三二―一〇一〇二号公報(甲第四号証)の「軟鋼製薄金属板」、実公昭四三―二〇六五九号公報(甲第五号証)の「軟質金属薄板リング」、実開昭四九―一〇九〇〇五号公報(甲第六号証)の「軟質金属」は、それぞれの金属基板より軟質の金属製薄板であるから、それらの耐熱性、硬さ、強さ、平滑さ及び伝熱性は、本願考案に係る金属ガスケツトの金属製副板と同様であるので、引用例に記載されたガスケツトの石綿繊維製の軟質材製薄板に代えて、右周知の技術における軟質の金属製薄板を採用すると、高温高圧に耐えてツールマークの吸収も果たし、シール作用を営み、また、副板が金属材質のため、熱伝導が良好となり、局所の熱変形を防止しやすい効果を奏するものと認められるところ、本願考案の前認定の作用効果は、上記の引用例記載のものの奏する効果と周知の技術の固有の効果を合わせたものを超えるものとはいい難く、これらの効果から容易に予測し得る程度のものと認められる。したがつて、原告の右主張も採用するに由ない。
3 叙上認定説示したところによれば、本願考案は、引用例記載のもの及び周知の技術に基づいて、当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるとみるのを相当とし、この点について本件審決に誤りがある旨の原告の主張は、失当というべきである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕本願考案の要旨は左のとおりである。
接合面と同一平面形状の硬性金属薄板から成る一枚の基板1に対し、該基板1と同一平面形状に成る金属製副板3、3を該基板1の両面に各々一枚ずつ並設し、且該基板1の周面に、該周面を囲繞する任意数本の凹凸条2を設け、上記両副板間を面圧方向に弾性付勢して成ることを特徴とする金属ガスケツト。